前回、スタイツの研究はタンパク質生産を効率化するDNAのコピーような働きをするメッセンジャーRNAと大きく関わっているとお話しました。メッセンジャーRNAはDNAから作られ、タンパク質の生産工場であるリボソームRNAにたどり着くまでの旅路が生物の大分類である原核生物と真核生物で異なります。
その前に原核、真核とは?
それはごく単純なことで生物は少なくとも一つの細胞から構成されていますが、その細胞が核と呼ばれる場所をもってるか、もっていないかで分類され、もっている方を真核生物、持っていない方を原核生物と呼びます。ヒトをはじめとした哺乳類は真核生物にあたり、バクテリアなどは原核生物にあたります。(図参照、2が核)
真核生物では核の中にタンパク質の設計図のDNAが格納されていています。一方、タンパク質の生産工場、工場員のリボソームRNA、トランスファーRNAは核の外側の部屋(細胞質,右図でベージュ色全体)に存在しています。原核生物ではそのような区分はありません。DNA, リボソームRNA、トランスファーRNAは細胞内のあちらこちらにいます。原核生物のDNAからメッセンジャーRNAが作られると、すぐさま近くにいるリボソームRNAがくっついてタンパク質生産が始まります。一方、真核生物では核内でメッセンジャーRNAが作られると細胞質に移動する前にさまざまな加工処理が施されます。メッセンジャーRNAを他のRNAと区別するための目印を付けたり、タンパク質を付け加えたりします。あらゆるメッセンジャーRNAは必ず、決まった加工処理を受け細胞質に移動した後に、待ち構えていたリボソームRNAに捉えられタンパク質生産が始まります。前編の記事の例えを使うならば、設計図(DNA)のコピー(メッセンジャーRNA)が生産工場(タンパク質)に受け渡されるまでの間に編集作業が入ると思ってください。
以下の文章は真核生物のみの話になります。
ここからがスタイツの研究の核心です。
メッセンジャーRNAの加工処理の中の一つにRNAスプライシングがあります。実は、DNAの一部のコピーであるメッセンジャーRNAは、その一本鎖の全領域が細胞質に移動されるわけでなく、不要な部分は核内で切り出されてタンパク質の生産に必要十分な情報だけが核外に伝わります。この現象をRNAスプライシングといい英語で「splice」は「切る」という意味を持ちます。さらに、DNAからコピーされた直後のメッセンジャーRNAをメッセンジャーRNA前駆体、一本のメッセンジャーRNAの中で核外に移動する部分をExon(Ex=外), 核内で切り出されて核外には移動しない部分をIntron(In=内)と呼びます。模式図で表すと図のようにExonとIntronが交互に連続した形になっています。(折れ線は切り出されることを意味する。) だいたいヒトのメッセンジャーRNAではExonの長さは数百塩基程度でIntronは数百から数千塩基にもなり、Exonは一本鎖に平均して9~10コ程度あるそうです。設計図(DNA)を忠実に写してコピー(メッセンジャーRNA)を作ると情報(Exon)のない余白(Intron)があってそのままだと部品(タンパク質)を生産するには見にくいことから、編集作業で余白(Intron)を切り抜いて(RNAスプライシング)コンパクトにする、といった感じでしょうか。
スタイツはこのRNAスプライシングという現象を担う分子が短いRNAであることを突き止め、そしてどのような方法を使ってIntronを切り出し、Exonどうしをつなぎ合わせているかを解明しました。つまり、メッセンジャーRNAの編集部スプライシング担当員がRNAだったということです。この短いRNAは低分子核内RNA(small nuclear RNA = snRNA)と呼ばれ、タンパク質と複合体を形成して機能をすることからsnRNP(small nuclear ribonucleoprotein = snRNP)とも言われます。現象に関与するsnRNPにもいくつか種類があって共通してウラシル(U)に富んだ配列をしていることからU1, U2のように区別されています。
右図がRNAスプライシングのプロセスを示したものです。ここで登場するU1, U2, U4, U5, U6 snRNPは代表的なsnRNPです。それぞれのsnRNPが順番に関与しながら連携して機能を発揮している様子が見て取れます。この現象はDNAからメッセンジャーRNAが作れるのとほぼ同時に起きます。特徴的なのは三段目から四段目にかけての所でIntronを投げ縄のような形にして最後にスパッと取り除く点です。
この現象の何が面白いのかと言えば、短いRNAが重要な機能を持っていて、核内で同じRNAの成熟に関与しているという点にあります。それまで機能を持ったRNAと言えば、メッセンジャーRNA、リボソームRNA、トランスファーRNAしかほとんど知られていなかった訳ですから。私自身、投げ縄構造のように細胞内でこんなアクロバティックな事をしているかと思うと興奮を抑えきれないのですが(笑)。RNAスプライシングの意義については、さらに選択的スプライシングという現象を知らなくてはいけないのですが、要は同じ遺伝子であっても細胞の種類によってタンパク質を微妙に異なるものになるように調節する役目を果たしています。選択的スプライシングについては機会があったら触れたいと思います。
前・後編に渡ってスタイツの主要な研究を背景を含めてざっと説明しました。本当に簡単にしか説明していないので詳しく知りたい方はここで挙げたキーワードをもとに調べられるといいと思います。フォーラム当日もいよいよ迫っておりますが、この記事が講演内容の理解に少しでもお役に立てれば幸いです。では、当日の内容をお楽しみに!
文責 S.O
≪開催まであと3日≫
※この予告ブログは、東京大学立花ゼミ・見聞伝の学生が企画・運営しています。
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